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新・南天通信

2010.1.30

「息子の背中で」

思い返せば思い返すほど感動的な情景であった。

 

秋桜舎の2階で亡くなられたハルエさんを、息子さんがおぶって家まで帰られた。いくら目と鼻の先といえ、今日こんな体験は滅多とない。背負いで歩く親子と、その親子を支えながら歩くお嫁さんとお孫さんの姿は、まるで映画でも見てるかのようであった。

 

荷物を持って後を歩くスタッフも、道路に出て見送るスタッフも自然と涙がこぼれた。ハルエさんが死んでしまった悲しみもあったが、あまりにも心打つ情景に涙してしまったのである。

 

昭和30年代まで、田舎では40年前半ぐらいまではまだ自分の家で死ぬ人は多かった。しかしそれ以降は、よほどポックリでもなければ、病院で死ぬのが当たり前となってしまった。

 

もちろん現在もまだその状況は殆ど変わらない。本人の意思とはうらはらに、殆どの場合、家族は病院での死を選んでしまう。少子化、核家族化、また働きながらの状況では、家での看取りはなかなか困難だからである。

 

そんな状況の中で、ハルエさんの家族は家での看取りを選ばれた。ずいぶん悩まれたあげくではあるが、遠く離れた施設や大きな病院でよりも、家のタタミの上で死なせてあげたいと決められた。

 

そして介護保険のサービスも家から三軒目にある秋桜舎を選ばれた。ここは小規模多機能型のサービスで状況に応じて柔軟な対応をしてくれるため、病状が悪化しても安心な部分が多いと判断されたのである。

 

その秋桜舎で、昨年7月から利用が始まった。途中2回の入院があったが、それ以外は自宅で半分、秋桜舎で半分ずつ泊まりながら在宅生活を続けられた。その後、10月に入ると病状はさらに悪化し、主治医の先生の往診や訪問看護ステーションさんの訪問の頻度は増した。 そして最後の一週間は秋桜舎で泊まられた。その間も、自宅で死なせてあげたいという家族のおもいに何とか応えたいと息子さんやお嫁さんと相談した。

 

「本当は家でと思っていますが、そのタイミングが難しかったら秋桜舎さんで死んでくれてもいいです。きっとおばあちゃんも納得してくれるはずです。秋桜舎さんは家の一部と思っていますし、また近所の人たちにも見守られながら逝けますしね。」とありがたいお言葉をいただいた。

 

亡くなられる二三日前からは家族はむろん、親戚の方や近所の方が顔を出して下さり「おばさん、しんどいやろけど頑張ってや」と声をかけて下さった。

 

最後の苦しさと闘っておられたハルエさんにとって、馴染みの人たちのそんな応援はきっと心強いことであっただろう。 ハルエさん親子の感動的な情景は、医師や看護師や介護スタッフなどの専門的なケアに加えて、家族や親戚や近所の人たちのこうした日常的な支えから生まれたものである。

 

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